2022年2月18日
日本の不動産管理市場は、全国ビルメンテナンス協会に加盟している業者だけでも約2,800社、約2.2万の支社や支店がある。一つの支店で約50人のスタッフが従事して、業界全体では107万人の雇用がある。年間の売上は 3兆7,000億円を超す、地味ながらも巨大な市場である。 《ビルメンテナンスの主な業務内容》 ○清掃業務(床、トイレ、エレベーター、窓ガラス、外回り等) ○衛生業務(給排水溝の洗浄、空調ダクト清掃、害虫防除、ゴミ廃棄) ○設備管理(電気、空調、消火設備、エレベータの管理) ○建物の保全業務(建物と設備の定期的な点検) ○保安警備業務(防犯上の警備、駐車場の管理) ■全国ビルメンテナンス協会 http://www.j-bma.or.jp/ これらのメンテナンス業務は、労働集約的な作業が多く、テクノロジーによって効率化できる部分も多数見つけられる。商業ビルの他にも、賃貸のアパートや分譲マンションについても管理業務の市場は大きいことから、IoTビジネスの参入ポイントについて詳しくみていきたい。 【エレベーターメンテナンスの業界構造】 建物の中でも、「エレベーター」は管理コストが高い設備の上位に挙げられる。 故障すると、人命に関わる重大事故に繋がるため、日本では「年1回の定期検査」が法律で義務付けられている。さらに、1ヶ月~3ヶ月に1回の定期点検を行い、劣化した部品の交換作業をしている。 点検作業を担当しているのは、エレベーターメーカー直系か、独立系の保守会社で、その契約体系には、定期点検と修理代が込みになった「フルメンテナンス契約」と、点検料金とは別に、修理代や部品代がその都度請求される「POG契約(パーツ・オイル・グリース)」の2種類がある。 《エレベーター保守契約の種類》 ・フルメンテナンス契約 定期点検+交換部品代がセットになった契約(法定点検費用は除く) ・POG契約(パーツ・オイル・グリース) 定期的な保守点検を行い、劣化した部品代や修理代は別途請求する契約 エレベーターメーカー直系の保守会社では、新築のビルやマンションに対してフルメンテナンス契約を推奨しているが、その料金は、10人乗りエレベーター1基あたり月額4~5万円が相場。そのため、エレベーターが2基ある建物ならば、年間で約100万円の保守費用がかかっている。 しかし、新築から20年以内のエレベーターは故障率が低いため、定期点検だけで「年間100万円」の保守費用は高いと感じる。そこで、POG契約に乗り換えると不具合が生じた時のみ、部品代や修理代を払えば良いため、フルメンテナンス契約よりも、年間の管理コストは2~3割安くなる。独立系のエレベーター保守会社では、メーカー系列よりも安価な POG契約をアピールすることで、乗り換え希望のビルオーナーを獲得している。 一方、築30年が経過した建物では、エレベーターも劣化してくるため、メーカー系列の保守会社でも、フルメンテナンス契約から POG契約への切り替えを促すようになる。日本エレベーター協会の統計によると、国内にあるエレベーターの保守台数は、1970年の頃と比べて17倍に増えており、今後は老朽化したエレベーターをどのように管理していくのかが、新たな課題として浮上してきている。 《国内エレベーター保守台数の推移》 ・1970年……… 4.2万台 ・1975年……… 8.8万台 ・1995年………39.8万台 ・2000年………51.1万台 ・2005年………59.4万台 ・2010年………66.7万台 ・2016年………72.4万台 ────────────── ※出所:日本エレベーター協会 1980年代までのエレベーターメンテナンス業務は、三菱、日立、東芝、オーチスなど、メーカー系の保守会社が占めていた。修理に必要な部品を、外部の業者には卸さないことで、エレベーターのメンテナンス業務を独占できるビジネスモデルが形成されていたのだ。 しかし、エレベーター部品のメーカー占有については、幾つもの裁判が起こされ、それが「独占禁止法に抵触する」という法廷の判断が示されたことで、現在では、メーカーとは資本関係の無い、独立系の保守業者でも交換部品を調達できるようになっている。それに伴い、国や自治体の建物でも、エレベーターの保守契約は、メーカー系への随意契約ではなく、一般競争入札で業者を決める方式へとシフトしている。 ただし、安価な保守契約は、安全性が低下するリスクもある。そこで、メンテナンスにかかる人件費は抑えつつ、従来よりも事故の発生率を抑えられる仕組みとして、エレベーターの稼働状態を、遠隔から常時監視できるシステムへの需要が高まっている。 【クラウドによるエレベーター業界の再構築】 欧州のエレベーター業界で最大シェアを持つ、ドイツのThyssenKrupp社(ティッセンクルップ)が開発した「MAX」というシステムでは、保守をするエレベーターに各種のIoTセンサーを取り付けて、ドアの開閉回数、乗員数、動作速度などのデータを常時モニタリング、クラウドサーバーに転送する。収集されたデータは、機械学習の人工知能アルゴリズムで分析されて、各部品の寿命時間を算定できるようにしている。 同社では、エレベーターの保守技術者として2万人を抱えているが、IoTのデータ分析によって、部品の消耗度を予測できれば、突然の故障による緊急出動の回数を減らすことができる。また、寿命が残っている部品は頻繁に交換しなくても良いため、メンテナンス費用を抑えることにも役立つ。 エレベーターの耐用年数は部品毎に異なり、ゴンドラを吊り上げるロープは 5年~10年、ロープの巻上機は10~15年、制御盤は20年などの平均値がある。しかし、実際の消耗度は、利用状況によって大きく異なるため、すべてのエレベーターの稼働状況をモニタリングしたいというニーズがある。 ■ThyssenKrupp MAX https://max.thyssenkrupp-elevator.com/en/ 遠隔モニタリングの仕組み自体は、日本のエレベーター会社も開発しているが、自社製エレベーターのみを監視の対象としているため、開発コストは割高で、分析できるデータ量も少ない。しかし、世界には1,200万基ものエレベーターがあり、毎日10億人もの人々を輸送している。 それらのデータを集約して分析することができれば、エレベーターの機種や使用状況によって、どんな部品が劣化しやすいのか、故障やトラブルの予測精度を高めて、従来のメンテナンスコストを大幅に下げることも可能になる。 ThyssenKrupp社の「MAX」では、マイクロソフトが開発した「Azure IoT Suite」というクラウド型のIoTプラットホームを活用することで、それを安価で実現させている。 ■マクロソフト「Azure IoT Suite」 https://goo.gl/wS4r8C (JNESより引用)